君に願いを


「任務ご苦労様、ユーグ」
「ああ、君か…」


任務完了の報告を終え、国務聖省本庁舎長官執務室を出たそこにいたのは、
先程顔を合わせて来た枢機卿の片腕とも言える女性。
尼僧でありながら神父の僧服カソックを纏う彼女の名前は
『臨時』と、その在り方多少特異なものの、
自分と同じくして教皇庁国務聖省特務分室、通称Axの派遣執行官である"カリスマ"だった。


「随分と久しぶりね」
「そうだな」


彼女の言う通り、こうしてローマへと直接馳せ参じたのはこの方随分と久しい。
ふと、彼女の指摘よって今ようやくその事実に思い至る。
自分の記憶などその程度のものなのだろう。
この機関対する感情も。
ぼんやりと、頭の片隅でそんな冷めた事を思った。


「その後変わりは無い?」
「ああ、特に変わりは無い」


それは事実だ。
今回は長期派遣任務に就いていた自分。
その期間に特殊な出来事や危険な事態等が起こったかといえば答えは否。
強いて挙げるとすれば、偶然にも派遣先で師匠マスターに出くわしたぐらいのものだ。
だがそれも口上に乗せるには取るに足らぬ話題だろう。
現在の返答は、そう判断してのものだった。


「カリスマ、君の方は?」


そしてまたこうして反復の賜物的として口を吐いて出た、
社交辞令の模範とも言うべきその言い回しの連続に多少心苦しさを感じはした。
しかし自分の口は、これ以上に気の利いた台詞というものを知らない。
ダンディ・ライオンには顔を合わす度に『もっと色付けて喋れよ』と言われる始末だ。
『お前は拳銃屋ピストレーロスとはまた違う意味で簡潔過ぎるんだよ』と。
彼に言わせると自分は『無駄が足りな過ぎ』て『つまらない』男であるらしい。

回想に浸りかけて、ふと見やれば眼前の彼女は柔らかく苦笑していた。


「…何かあったのか?」


その表情に、一抹の不安を抱いて声を低める。
すると彼女は更に苦笑を深めて「違うの」とだけ答えた。
矛盾する反応と回答。
眉間に皺が寄るのが自分でも判った。


「ううん。ユーグの考えているようなことは何も起こっていないわ」
「ならば何故そうして苦く笑うんだ?」
「それは…勘違いをさせてしまったみたいだから。
 申し訳無く思って、ね?」
「勘違、い…?」


『勘違いをさせた』と彼女は言った。
こうしてこの場にいるのは自分と彼女のみ。
ということは、勘違いしたのは自分ということになる。

一体自分は何を思い違えたというのか。


「そんな難しい顔をしないで」
「あ、ああ…すまない」


一向に苦笑をたたえたままの彼女の表情に、反射的に謝罪が口を出る。
すると「そんな謝らないで」と、今度は苦笑というよりも困ったように彼女は笑った。
まるで悪循環だ、と。
上手く口と気の回らない自分の腑甲斐無さに、内心本気で呆れる。


「あのね、ユーグ」
「ああ」
「これは私の我侭とでも言えるものなのかもしれないのだけれど」


呆れたかと思った次の瞬間には既に。
彼女曰くの『我侭』なる代物に、この思考の一切は捉えられていた。


「勿論無理にとは言わないけど。
 私としては、どちらかと言えばコードネームで呼ばれるよりも、
 名前で呼んで欲しいというか、名前で呼んでくれた方が嬉しかったりするから…」
「! それは失礼をした」


自分がが所属するこのAXという非合法的組織は、
事情が過去に対してであれ未来に対してであれ、
そのほとんどが『訳有り』な者達で構成されている。
勿論、彼女もその一人だ。
このAxへと派遣執行官が繋がれる理由など本当に人各々ではあるが、
しかしそれはその"異質な能力"故である場合は少なくない。
ともすれば。
知らぬ間に自分は、知り得なかった時間の分だけ彼女を傷つけていたのかもしれない。

それは後悔にも似た感覚。
全くもって自分はこれまでにどれだけ省くものを見誤ってきたのだろうか、と。


「すまなかった、シスター・


改めて彼女の名前を口にする。
裏にひそかやかな懺悔の意を込めて。

だから、こうして不思議とこそばゆい感覚に襲われたのはきっと、
そんな後ろめたい感情からのことなのだろう。
他に理由などあるはずが無い、と。
内心そう自分に言い聞かせる。


「別にそういう意味で言ったわけじゃなかったのだけど…、とても嬉しい」
「そう、か」


そして、生じる違和感。
何故自分はそんな風に自身を説得しているのか、と。
何故そんな言い訳じみた台詞を心中とはいえ呟いているのか、と。
しかしそうした疑問も、「ありがとう」という涼やかな彼女の声にふわりと散開していった。


「でも…」
「? 『でも』何だ、シスター・


彼女と居て、初めて気付かされることは非常に多い。
今日はまた特段に多いなとも思うが、
それらの一つ一つをとても貴重なものとして捉えている自分がいるのもまた事実。
だからこそ、続けて素直に彼女の言葉へと耳を傾ける。

そしてまた、馬鹿の一つ覚えのように気付かされる。





「出来れば『シスター』も付けないで欲しいと言ったら…ユーグは困ってしまう?」





気付かされてしまった。

先程の違和感の理由を。
弁解じみた思考の原因を。





そして。
胸の奥深くを重く沈める、この甘やかな熱の正体も。





「私は、貴方と対等な関係として向き合っていたいの。
 だからもっと気安く……って、ユーグ?」


けれど気付いたところで、
それをすぐに受け入れられるかといえば、自分はそんな器用な人間ではないから。


「ええと…ごめんなさい。
 気を悪く、した…?」
「…いや」


もう少しだけ、時間を欲しい。
この熱を上手く処理できるようになるまで。
ほんの僅かでいいんだ。
どうかこの俺に時間をくれないか?


「───
「!」


この想いを。
何一つ取り零すことのないように。
何一つ省き誤ることのないように。
君に伝えるられるだけの、形有る言葉にするために。



「はい」
「俺はこれから昼食に外へと出るつもりなんだが…」


そして君のその名を。
もっと丁寧に口にすることができるようになるまで。


「一緒にどうだ?」


どうかそれまで。


「それは勿論、ユーグさえ構わなければ」
「誘ったのは俺だ。構うわけが無い」


そして、どうかその時には。


「ありがとう、ユーグ」





こうして、不気用な自分の傍で柔らかく微笑んでいて欲しい。



ついにやってしまいました。
初トレス以外でのトリブラ夢でございます。
某サイト様のユーグ夢に触発されてしまいまして…!
というか自分で書いておいてなんですがウチのユーグ、クサ過ぎ。
まぁ私の中だと、彼は天然の鈍ちんなイメージがあるので…まぁいいか?(良くはない)