クリスマス。

それは今日という日。
世間一般に言うところの主の降誕祭。

そして祈りよりも、疲労の溢れる聖夜。


約束はいらない


「その書類は第一部署に回して。
 他の書類は明日までで構わないからそのままミラノ公へと提出できるよう整えておいて。
 あとこの書類は今すぐ待遇プランの部分を訂正して再提出」


この時期の国務聖省は殺人的に忙しい。
それは民間人にとっても教皇庁にとっても一大行事であるクリスマスという降誕祭の存在故。
ローマの外交の中枢を担う国務聖省ではこの時期過労で倒れる者も少なくない。
『忙殺』という単語もあながち大袈裟な表現ではないことを身をもって実感できる。


「シスター・! 教皇庁から3日後の歓迎式典の警備体制とその展開図が届きました!」
「…それは私の管轄ではないはずだけれど」
「それが性急に調整する必要が生じたらしく…能率の迅速と効率を図るためにと、
 メディチ枢機卿から貴女へ処理を委ねるようにとの直々に御指示がありまして…」


これは教理聖省からの新手の嫌がらせだろうか。
でなければ国務聖省への挑戦状としか思えない。


「可能な限り速やかに書類を完成させ、今日中には必ず教理聖省へと届けるように、と…」
「……そう。判ったわ、ありがとう」


私も一応、表向きには国務聖省長官第一席補佐官という肩書きの、
国務聖省職員となっているのだから例外ではない。
ここ数日まともに睡眠を取った覚えも無ければ、食事を摂った覚えも無い。
Ax臨時派遣執行官である以上多少体力はあるものの、正直辛いものがある。
剣の館パラッツォ・スパーダに居る時は時間のある限り国務聖省職員として書類の処理に追われ、
ミサやら式典であればカテリーナ様やVIP専属の護衛として神経と愛想を消費する。
そして何よりも疲弊させてくれるのは、
異端審問官と派遣執行官の折り合いをつけることだった。
例年行事が過密的に集中するこの時期、何かと両者が顔を合わせる事が多い。
顔を合わすだけなら良いのだが、下手に任務内容の一部が重なり合うものだから、
そこから任務と権限行使の範囲に関して衝突が起きることもしばしばだった。

そこで私の出番となるわけで。
私の能力である"真言"ならば穏便且つ速やかにそれらに対処し解決できる。
そのためここ一月の間、私は休み無しに現場へと駆り出されていた。


「金輪際、アベルとブラザー・ペテロを同じ会場に配置しないわ…」


などと、愚痴を零せば延々と時間を浪費できるのだろうけれど。
しかし思い浮かぶのは世界で最も美しい上司の様子。

カテリーナ様が私以上に疲弊しているのは明らかだった。
このところ、元より陶磁器のように透き通る白い肌は、
青磁器のように病的な翳りを帯びている。
普段は硬質な輝きを宿す、片眼鏡モノクル越しのその剃刀色の瞳も疲労が色濃く滲み出ていた。
けれでも、カテリーナ様にしかこなせない仕事というのものはいつだって山のように存在し、
そしてそれらは増えることはあっても、減る傾向は一向にないのだ。

それに。
カテリーナ様の負担を減らすために自分ができることなどたかが知れている。
それはこうして国務聖省職員として、またAx臨時派遣執行官としての職務に尽くすこと。
ただ、それだけ。
それぐらいしか私にできることはないのだから。


「シスター・
「はい?」
「あちらの応接間に面会の方がいらしていますが」
「私、に…?」
「はい」


この忙しい時にという暴言は、敢えて心中に留めて深い所へと飲み下した。










「火急の用件なの?」

「判ったわ、すぐに参りますので少々お待ちをと伝えて」