Saint Valentine's Day

聖バレンタインの日。
戦争を憂いた一人の司祭の殉教日。


そして、恋愛の免罪符が盛大に横行する日。


君がいる、愛の日



「はい、何でしょう」


今日も今日とて、執務室にて書類に追われた午後の昼下がり。
そんな忙殺に処される中で得られる束の間の休息。
まさに今がそれ。
国務聖省長官室でもって、世界で最も美しい枢機卿を前に、
友人の絶品レシピによる紅茶を優雅に啜る憩いの一時。


「今日はもう下がっても良いわ」
「え、でも…」
『あらいやだ。
 もしかして今日が何の日か覚えてらっしゃらないの、ったら』
「バレンタインでしょう?
 それは判ってるけど…」


そう、今日は世間一般に言う"愛の日"。
世の男女が意中の相手へと花や贈り物と共に堂々と愛を告げることを許された日。

民衆だけでなしに、教会にとってもまた一大行事であったりするバレンタインともなれば、
教皇庁外交の一切を担う国務聖省は、クリスマスほどではないにしろ、
普段のそれに輪をかけて忙しい。
視界の端を占領する、枢機卿執務卓上の種類の山がいい証拠だ。
幸い今年は、カテリーナ様自らが出向かなければならないようなミサや式典は、
教授が上手く流したらしく、全て教理聖省へと回されたため、
護衛やら何やらの肉体労働は全く無かった。
だからこそこうしてゆったりと寛いでなんているのだけれど。


『貴女にだって今日中に会っておきたい人だっているのでしょう?』
「まぁ、いるにはいるけど…でも仕事を放ってまでは…」
『もう何をのんきな事を言ってますの!
 バレンタインとは世の男女がありとあらゆる手段を講じてパートナーをゲットする、
 言ってみれば早いモンがち上等な骨肉の争いですのよ!』
「そ、そんな行事だった?」
『大災厄アルマゲドンの前からずっとそうですわ!』
「そ、そう…」
『それに教授も言ってらしたけど、私としてもそろそろ孫の顔が見…』
「───…ケイト、少し落ち着きなさい」


握り拳でもっていつになく熱く語る立体映像ホログラムのケイトを、
普段よりも幾分砕けた、また呆れたような仕草でもってカテリーナ様は穏やかに嗜めた。
というか、教授と一体何を話してるのケイト…。


「…まぁ行事の趣旨如何はどうあれ。
 今日という日が、善き友人でもある貴女にとって良き日であればと私は思っているの」
「カテリーナ様…」
「だから残りの時間、貴女が大切だと想う人と過ごしていらっしゃい」
「ありがとう、ございます」


素直に、その片眼鏡モノクル越しの優しげな眼差しと甘やかな声色が、
アベルなど近しい者にしか見せないその柔らかなぬくみを帯びた雰囲気がとても嬉しかった。
カテリーナ様の隣では、『いってらっしゃいまし』とケイトも上品な笑みを浮かべている。

こんなにも優しい人たちに囲まれて。
ああ、自分は何て幸せな存在なのだろう。


「それでは…お言葉に甘えさせて頂きます」
「ええ、是非そうなさい」
『そうそう
 勿論、戦利品の方はきちんと用意して来てらっしゃいますわよね?』
「せ、戦利品……まぁ贈り物は一応」


本日のケイト曰くの戦利品は、定番の花に加えてもう一つ。
仕事の合間を見ては、頭を悩ませ選び抜いた一品。


『結局、何を選びましたの?
 私達にだけこっそりと教えて下さいまし』







手作りのチョコレート菓子の詰め合わせ
銀細工の施されたイヤーカーフ
至ってシンプルなデザインの指輪
オーダーメイドのアウロラ製万年筆



色々な愛の形が書きたくて、書いた選択型夢。

よくよく考えれば、バレンタインは確かにキリスト教により公認された行事ではあるけど、
日本の製菓業界の陰謀色濃く渦巻くソレとは違って、
チョコレート限定だとか、女の子から限定だとかじゃなくて、
男女共に意中の相手に花やプレゼントを贈って告白する日であって、
"義理"なる概念は無く、且つホワイトデーなる日の存在は無いのだと。
うっかり気付いてしまったのが、分岐4つのウチの2つを書き終えた時点で、
必死に修正したという事実は、是非ここだけの秘密でお願いします。(笑)