「───…ッ!」


女は囁く。


「『我が名は"母"』」


男の耳元で。


「『───おやすみ、愛しい我が子よ』」


優しい睡魔に抱き寄せられ、男は世界を放棄した。


テイキング
コントロール


「───目標ターゲット確保完了」
「うむ、ご苦労だったね」


崩れ落ちた男の体躯を眼下に、女は静かにそう宣言する。
するとその様子を死角からしっかりと確認していたらしい、
火のついていないパイプをくわえた中年の男性が酷く満足げな声色と笑顔で女を労った。


「いやぁ、こういう任務は君がいると楽でいいねぇ。
 穏便かつ手っ取り早くていい。全くもって適材適所さ」
「はぁ…何と言うか、もう"臨時"じゃなくなってきてる気がするんですが、最近」
「確かにこのところは頓に良く働いてるみたいだねぇ。いや、感心感心」
「『みたいだねぇ』って、他人事ですか…」
「ははは、しかし君の場合は猊下のお傍にあることにこそ意味があるんだろう?」
「まぁ、それはそうなんですけどね」


言って女、臨時派遣執行官"カリスマ"のは、
眼下に横たわる男の傍らに片膝をつき、困ったように笑った。
そして男の、その白晢の美貌を隠すように覆いかかった白金の髪を優しげな手付きで払うと、
いつの間にやらゆったりとパイプに火を入れている中年の男性、
派遣執行官"教授"プロフェッサーに向かって、
おもむろに、そして率直にその疑問を投げ掛けた。


「ところで、今回はまたどうしてユーグが目標なんです?」


そう、現在教授との眼下で静かな寝息を立てているのは、
二人と同じくしてAx派遣執行官の"ソードダンサー"。
彼こそが今任務の目標だった。
彼が目標であるとが教授から告げられたのは、
本当につい先程、ユーグの尾行に付いた道すがらで。
思いもしない目標に、一瞬大きく動じはしたものの、
それでも任務を放棄しなかったのはひとえ教授に対する信頼故。
だからこそこうして、任務の完了した今彼女は教授にその真意を質そうとしていた。


「今更だねぇ」


美味そうに煙を吐き出すと、教授は何処か楽しげに、
手にしたパイプでもってユーグを指し示して言う。


「彼はこのところ少々どころか多大に働き過ぎでね。
 所謂、ドクターストップというやつだよ」
「それにしたってもう少し方法というものがあるでしょうに…」


何も"真言"でなくとも、と。
眠れる彼の頬を、低地地方ネーデルランド特有の色素の薄い肌を撫でては、
どうにも腑に落ちないといった風に小さく首を傾げた。
たかだか弟子一人を強制帰還させるのに、
何故教授はこんなにも大掛かりな行動を選択したのか。
いくら頑固なユーグとて、教授の説得ともあらば、
しかも内容も内容であるのだから、決して折れないということはなかっただろう。
実際、一昨日教授に頼まれ、ケイト経由の通信で会話した時もユーグは、
「師匠マスターにはいつも気苦労を掛けてばかりいるな」と深く反省していた。
だというのに、思い立ったら吉日とばかりの行動力で猊下の承認を得て、
こうしてわざわざ派遣執行官を二名も駆り出して、教授は彼を確保した。

余計な部分が多過ぎる。
常に合理的であることを美徳とするアルビニオン貴族に鑑みれば、
非合理的要素を含み過ぎるその計画プランニングは、を軽く困惑させた。


「いやいや。これこそが彼にとって最も効果的な最良の方策だったのだよ。
 それこそ特効薬とでも言うべきかね」


しかし、教授は言う。
これが『最も効果的な最良の方策』であったと。


「どうしてです?」


常からの自信に満ち満ちた、不敵な笑顔で。





「そりゃあ、寝ても覚めても終始君の声と顔があるんだからねぇ?」





最高に贅沢な処方箋だろう?と。
愛用のステッキの先でユーグの肩を軽く突ついて悪戯に笑った。





「───…ということは、もしかして彼のお目付役も私が?」
「その通りイグザクトリィ


くるり、と。
優雅な紳士の動作でもってスッテキを一回転させると、カチリと鳴らしたスイッチ。
すると聞き慣れたエンジン音と共に姿を現したのは教授の愛車である黒塗りのセダン。
無論、運転席は無人。
オートナビゲーション・オートパイロットシステムなんていつ付けたのだろうかと、
彼女の中でまた一つ新たな疑問が増えた。


「でも、そんな急には…」
「大丈夫。その点は抜かりないさ。
 君の分の休暇届けも猊下へとしっかり提出しておいたよ」
「い、いつの間に…」


そうか、最初からそういう算段だったのかと。
ようやく今回の任務の真に目的とするところを理解するに至った
これは礼を言うべきなのか、はたまた公私混同と指摘するべきか。
さて何と返したものかと戸惑う、その漆黒の髪を酷く優しい手付きで一撫でして教授は。





「なぁに、出来の良い愛弟子と不肖の一番弟子への、師からのささやかなプレゼントだよ」





茶目っ気たっぷりにも実に紳士的なウィンクを寄越した。



黒雨夕季さんへの相互リンクのお礼なSS。
本 当 、今 更 っ て 感 じ で す ま せ ん … !
というかユーグ夢とのリクエスト頂いたのに、ユーグ最初から最後まで寝てるし。
むしろこれって教授夢…?(聞くな)

黒雨さんにはホントいつもお世話になりっぱなしです。
こんなところでなんですが本当にいつもありがとうございます!
大好きです!(告白)←迷惑だろ