黒薔薇
と
白百合
「よぉ」
「あら、モニカ」
壁に背を預け、その豊満な胸を強調するような妖艶な腕組みを決めて、
突如、部屋の隅へと姿を現したブルネットの女。
それにもさして驚いた様子も見せず、書類から顔を挙げるとは相手の名を口にした。
「珍しいわね、どうしたの?
報告だって全て通信で済ませるモニカが、わざわざローマに顔を出すなんて」
ともすれば酷く気怠げに、隠す気も無いらしいふてぶてしい表情をこしらえたモニカは、
口で答える代わりに、問答無用にも分厚い紙の束をのデスクへと投げて寄越す。
そんな粗野な女の態度にも、は特に気を悪くした様子も無く、
束の上から数枚を捲って静かに苦笑した。
「これをカテリーナ様へと提出しておいてくれってこと?」
「そうさ。
たまには紙にしたためて心温まる報告を寄越せとの御達しがあってねぇ。
まったく、ラブレターでもあるまいし、とんだ不要労働さね」
うんざりとした様子で悪態を吐くとモニカは、ふんと鼻を鳴らす。
そんな彼女に「ローマ公用語でなくシチリアのそれなのはささやかな反抗?」と、
が苦笑を重ねれば、モニカは「指定までは無かったからねぇ」と、
嫌悪感剥き出しにも禍々しい猫科の笑みを返した。
非合法な特務分室にしてみれば、わりかし平和的な世間話である。
しかし。
「───それより、モニカ」
突如、の声の色味が変わる。
否、声に込められた熱の色が変わった。
色で例えるのなら鉛色、だろうか。
冷えた金属を思わせるその声。
「貴女の物質透過能力は、
カテリーナ様の半径100m以内での使用は禁止されているはずよね」
そう、モニカは色んな意味でが苦手だった。
生来の性質なのだろう、この女の穏やかさが単純に肌に馴染まないせいもある。
「───見過ごせないわね」
しかしそれ以上に。
の徹底した、かの女に対する"至上主義"が腹もちならなかった。
「前回、『次は無い』と…そう言っておいたのを覚えてる?」
それは人生最大の汚点である雌狐に対する忠誠。
忠実でありながらしかし盲目的では決してない、言うなれば従順。
そんな相互的な上下関係。
「…チビスケみたいに固い事言うなよ。
馴染みの、針の穴より細っこい知己を温めてやろうっていう、
心ばかりのジョークじゃないか」
「これが剣の館内でなければ私も、
『相変わらずね』と苦笑して終わらせられるのだけどね」
元より、目標を仕留め損ねるという、
未だかって無い屈辱を食ませられたのも眼前のこの女のせいであるし、
何よりも、自分にこの荊の首枷を嵌めた張本人こそ、他ならぬなのだ。
一転して張り詰めた、一触即発の空気。
見る者の内臓を底冷えさせる、霜の降りた黒曜の瞳。
憎悪を塗り込めた、原石を思わせるエメラルドの瞳。
けれど。
「───…ハイハイ、あたしが悪かったよ。
本当にクソ真面目でつまらない奴ばっかだねぇ、ここは」
「御不満なら、Axきっての不真面目代表のレオンを紹介するけど?」
「鮭野郎なんざ御免蒙るね」
「あら、絶対に"馬が"合うと思ったのだけど」
「………アンタ。
そうやって人の良さそうな笑顔でドス黒い毒を吐く癖、いい加減直したらどうだい?」
「ふふ、生憎生来のものらしくて。
この場で改めるには少々時間が足りないわ」
「相変わらず嫌みな女だね…」
方や人の死を誉れとし、方や人の命を尊ぶ、
一見して相反発して当然の女二人ではあったが。
「ほら、このあたしがわざわざ顔を出してやったんだ。
昼飯ぐらいは快く付き合いな」
「はいはい。
まだ仕事が残ってるんだけど…まぁ仕方無いわね」
それでも二人は。
連れ立ってランチに出かける程度にはそれなりに友人なのであった。
モニカ好きなんですよ、実は凄く。
やることなすこと過激なせいかモニカと居ると、
トレスの反応がとても人間的に見えますよねー(ソコかよ)