銃と剣と
そしてヤキモチ


「───今まで何をしていた」


冷たいガラスの瞳が、眼前へと現れた影に向かって更に冷えきった平板な声を投げ掛けた。


「誰かさんのお手製閃光弾の事後処理に…"記憶隠滅"に手間どってしまって」
「───…」


一方の投げかけられた相手といえば、特に臆した風もなく。
僅かに肩を竦めて両掌をその横で上へと挙げてみせると、
それ以上の言及を放棄した小柄な青年の元へとつかつかと踵を鳴らして歩み寄った。
暗く、湿った風がその黒髪をなびかせる。
彼女はAx臨時派遣執行官の
彼の同僚にして本件のパートナーだった。
彼女は彼の眼前まで来るとその歩みを止めて、
一定の痕跡を残して続く、泥に塗れた石畳の先を遠く眺めた。


「…ユーグは行ったの?」
「肯定ポジティブ
「そう…淋しくなるわね」


そう零して、俯き静かに黒曜石の双瞳を伏せる。
それからしばらく互いに押し黙っていたが、やがて湿った風が一際強く髪を撫でると、
は眼下の、傷付いた両足を放り出し、石畳に座り込んでいるトレスの傍らに跪いた。
大口径のライフルで打ち抜かれた両足は、少なくはない皮下循環剤を流失している。
冷たいそれに触れて彼女は苦い笑みを浮かべた。


「これはまた見事にやられたわね。
 右太腿はまだいいとしても、左の関節ジョイントは貫通してるし…、
 このままじゃ立てそうにもなさそうね」
「肯定」
「バランサーはどう?」
「正常に作動している」
「そう。じゃあ左足だけでもバランサーの許容範囲内まで応急処置して戻りましょう」


ロストテクノロジーの結晶・殺戮人形キリングドールであるトレスの身体は、
小柄なその外見を裏切って裕に200キロを超える。
応援を要請して搬送するにも、馬鹿にならない手間と時間がかかるのだ。
ついでに言えば、非合法な自分達が応援を待つなどといって、
これ以上ここに留まっている訳にはいかない。
その成否にかかわらず、任務終了次第速やかに撤収しなければならないのが鉄則だ。
ならば、ある程度の修理をこの場で施して自分の達の足で歩いて戻ろうというの判断は、
トレスの演算結果にも添った、実に的確かつ最善のものだった。


「…っと、膝関節の循環剤系の供給ストップしてくれる?」
「了解ポジティブ
「次は神経系の電気系統を」
「了解」
「…これでよし、と。
 ごめんね、本当にとりあえずな応急程度の補修しかできなくて。
 あとは教授プロフェッサーの研究室ラボに戻らないと…」
「無用ネガティブ
 この場の設備と状況を考慮すれば十分だ。感謝する」


応急手当ならぬ応急修理を済ませると、はトレスに自分の肩を提供して立ち上がらせた。
一瞬、ぐらりと後方へよろめいたトレスの身体だったが、貸し出された細い肩に、
必要最低限の力量を瞬時に計算し、調節された力でもって縋るとすぐに体勢を引き戻すと、
しっかりととまではいかずとも、その両足とバランサーで重心を支えることに成功した。


「平気?」
「ああ、問題無い」


横に並んでいた身体を相手の前方へとずらし、前から抱きとめる形で支えた
すると、至近距離では必然的にがっちりと絡み合ってしまった互いの視線。
合ってしまえば彼女は、何故か歯に噛んだように微笑って。





「───実はね、遅れて来たの、実はやっぱりわざとなんだけど…」





何とも不穏当な台詞を口にした。




「シスター・。今の発言は…」


聖職服務規程違反だ、とそう続けようとしたのだろう。
続く言葉を口にしようとしたトレスの唇に、やんわりと細い人さし指が当てられた。
その指を辿って巡らせた視線の先には、
どうしたって話題にそぐわない穏やな微笑を浮かべるの顔。
しかしその場にそぐわない表情をしているのはトレスも同じで。
彼女の意図を図りきれないでいるだろうはずの彼の顔にはやはり感情の気配は無い。
それは単純明快、機械化歩兵マシナリーに表情を作り出す機能は無いからで。

けれど、次に発せられたの言葉に対し、選択されたトレスの反応が、


「ユーグに嫉妬して、ね」
「───は?」





微かに揺らいだ気配を含んでいたのは、細い雨音のせいか。





「だから、ヤキモチ」


くすくすと、心地よい涼やかな声が耳をくすぐる。


「だってトレスがあんまり熱心にユーグを追い掛けるものだから…つい、ね?」


勿論、機械であるトレスにくすぐったいといった感覚は無い。
あるのはただ、相手が笑っているという視覚情報と聴覚情報だけ。

だけの、はず。


けれど。





「さぁ、帰りましょ」


と、身を離して手を差し出した彼女に。


「───了解したポジティブ


と、それ以上の聖職服務規定違反を追求しなかったのは。





彼の"揺らぎ"の表れか。



トレスラヴ。←いい加減ウザイっての
こっそりとユーグにヤキモチ妬いたのは、きっと私だけではないはず…!
しかし、途中の台詞。
不穏当というよりはむしろ命知らずな発言っスよね…(遠い目)