「ああ、主よ。私の人生何だか踏んだり蹴ったりというか、
 蹴って踏み倒された上に踵でぐりぐりやられてる感じです…!!」


溶け出すコトバ


枯れ葉舞う寒空の下、万年赤貧神父は両の手を組み天を仰ぐ。
その冬の湖を思わせる碧眼にじんわりと涙まで浮かべて。

そして嘆く。


「あああ、給料日まで1週間とその半分もあるというのに、
 財布はもはや振っても音をたてません───!!」


要するに正真正銘文字通り看板に偽り無しの金無しという。

清らかさと貧しさを美徳とするのが神父といった神に仕える職業の運命である以上、
信仰ある者ならば、その台詞に多少なりとも矛盾を感ぜずにはいられないはずだが、
しかし、ぎゅるるるる〜と擬態語に濁点までついてしまうような腹の虫を抱える男の様子に、
見る人はおそらく、そんな微かな矛盾感よりも哀れみが先行してしまうことだろう。


「……何、道ばたで堂々と独り言喚いてるの、アベル」


そんな人目を憚らず薄幸を曝け出す眼鏡の神父の背後から姿を現したのは、
女性でありながら尼僧のそれではなく神父の僧服に身を包む黒髪の同僚。
呆れたような疲れたような音声は、相手に対し投げ掛けたというよりはむしろ、
零してしまったといった方が正しく、頭を抱える代わりに指先でこめかみを押さえていた。


「へ…? おお!?
 さん! さんじゃないですか!」
「お願い、恥ずかしいからあんまり大声出さないで…」


姿を確認するや否やぱぁっと顔を輝かせ、無い尻尾をちぎれんばかりに振ってみせるアベル。
その様子にまた一つ大きく溜め息を吐くと、これ以上の視線の集中を避けたい彼女は、
スキップして近寄って来ようとする相手を片手で制し、自らの足でもってその距離を詰めた。

黒衣の、しかも長身の神父が涙ながらに両腕広げてスキップなんて、
はっきり言って好奇の対象以外のなんでもない。

というか怪奇だ。


「まさかこんな所でさんにお会いできるなんて…!」
「いや、こんな所って…ここローマだから」


ここは教皇庁ヴァチカンが本部を置く、聖都ローマ。
常にカテリーナの傍らにある彼女がここにいても何の不思議もなければ、驚きもない。


「主の与えしスペシャルに素敵な巡り合わせですね!」
「いや、別段何の素敵もないから。
 というか私はカテリーナ様に頼まれてアベルを呼びに…」
「これも日々容赦の無い上司の寄越す無理難題にも、
 誠心誠意でもって励んでいる私の御徳の賜物…」
「───そのまま一語一句違えずに報告して欲しい?」
「うへぁ!? ま、待って下さい! すみませんすみませんっ!」


そんなことされたら美味しいパエリア食べる前に胃を売り飛ばされちゃいますって!と。
何やら先走って目先の魂胆をちらつかさせつつアベルは、
顔面蒼白になってそれこそ必死の形相でに懇願した。


「昼御飯たかろうって魂胆ね…しかも何かパエリアに大決定してるし」
さんパエリアお嫌いなんですか!?
 っていうか、地面に額擦り付けて平謝りでも何でもしますから、
 チクるのだけは勘弁して下さいー!!」
「パエリアも嫌いじゃないけど。
 でも土下座なんて面白くもない上に更に目立つからやめて。
 ……まったく。それじゃあ、カテリーナ様の所へサクサク行きましょ」
「は、はい!」


そんなこんなで。
慣れた口振りで、器用にも2つの話題が同時平行な会話を繰り広げる不信心な聖職者2人は、
"剣の館"パラッツォ・スパーダを目指し、揃って漸く歩き出した。


…ぎゅるるるる〜。


可愛げのない腹の虫をお伴にして。


「はぁ…、本当に仕方無いんだから…。
 カテリーナ様の御用が済んだら、昼奢ってあげるわ」
「ええ!? 本当ですか!?」
「一応言っておくけど、一人前だけよ」
「あ、やっぱり?」
「当然です」


出張した先々で、食い貯めと称しては地元の料理を数人前と平らげてくるアベル。
彼曰く、5・6人前近く食い貯めすれば3日〜1週間保つとのことだが、
食い貯めした所で同等のカロリーまでも貯蔵されるはずもない。
まぁ、そこは"クルースニク"な彼のことだ。
短命種テランの胃袋とは、容量も違えば構造も違うということだろう。
投げやりにもそう結論付けることにしては、
とにもかくにもこのまま放っておけばスキップしだしそうな眼鏡のダメ神父を、
ローマの景観のためにも、早々に敬愛する上司の元へと連れて行くことを決めた。


「いやぁ、悪いですねぇ。何だか奢らせてしまったようで♪」
「……判ってるじゃないの」
「そうと決まれば早速! いざ行かんパエリア! そしてローマの昼食!!」
「───国務聖省長官室よ。というか訳判らないし」


ああ、このまま長官室に向かえば確実に、
毎度のことながらまたカテリーナに気の毒そうな視線を注がれるてしまうのだろう。
は激しく痛むこめかみを内心抱え込んだ。


「待ってて下さい、私のパエリア〜♪」
「だから、剣の館だってば」
「細かい事を気にしてはいけません! まずは腹ごしらえ!
 ほら、東洋の訓戒にもあるんでしょう? 『腹が減っては戦はできぬ』と」


どうしてか歌を交えながら鼻高々に雑学を披露してみせるアベル。
相手が東洋諸国の存在、古文献に特に精通している故の会話なのだが。

しかし。


「目標ターゲット補足」


ガッシャン、と。
背後から聞こえたのは、聞き慣れた独特の金属が擦れ合う音。
バネの弾ける音を加えたそれはまごうことなく弾倉を再装填リロードする音だった。


「…………と、トレス君?」


ぐるーりと、首を捻らせた先にあったのはやはり、
世界最大の戦闘拳銃"ディエス・イレ"の銃口であった。


「ナイトロード神父。卿にはミラノ公より早急な帰還命令が出ている。
 速やかに国務聖省へと向かうことを要請する」


いっこうに下がる気配を見せない直径13mmの排出口と瞬かないガラスの瞳。
的(まと=アベル)の後頭部をがっちり捕らえて離さないのは、
彼と同じくAx派遣執行官"ガンスリンガー"ことトレス・イクス。


「い、いえ、カテリーナさんの所には後でちゃんと…」
「言ったはずだ。ミラノ公より『早急な』帰還命令が出てる、と」
「───はい」
「……残念だけど、昼はまた今度ね」


トレスに脅され、もとい促されて、酷く足早にカテリーナの元へと向かったアベル。
走りながらもその片手が胃の辺りを強く握り締めていたのは言うまでもない。










「迎えに来てくれてありがとう、トレス」
「無用ネガティブ


目的の人物が先に一人で行ってしまったため、特に他の指令を受けている訳ではない二人は、
午後の柔らかな日差しに包まれながら、ゆったりと帰路を歩んでいた。


「仕方ない。カテリーナ様の話が終わるまで昼御飯待っててあげますか」
「………」


トレスはに、それでいてはトレスにと互いに合わせられた歩調。
微笑み合う人々、日向で欠伸をする猫、木漏れ日を零す街路樹と、
二人はすっかりと穏やかなローマの街並に溶け込んでいた。


「…シスター・
「何?」
「卿はナイトロード神父に甘過ぎる」
「…そう?」
「肯定ポジティブ


『甘過ぎる』と、そう指摘された彼女は「そんな事はないと思うけど…」と、
しっとりと濡れたような漆黒の髪を肩口からさらさらと滑らせ、口元に手を添えた。
その流れるような仕草をしっかりと視界の端に捕らえていたトレスはふと立ち止まって。
ともすれば、糸で繋がってでもいるかのようにの足並みも合わせてひたりと止まる。


「───その甘さこそが、卿が周囲に強く好感を持たれる理由の一つではあるが」


やはり互いに相手以外の姿を映さない双瞳も合わされたまま。


「そう、かしら」
「肯定」


身長差のせいもあって上目遣いに見上げたその顔もまた相変わらずの無表情。


「…トレス、も?」


けれど。





「───…肯定ポジティブ





と、そう返した言葉は。
零れ落ちた雫のような淡い音声だった。



何が書きたかったって、ヘタレなアベルが。←愛故
そしてささやかにヤキモチなんてモノを妬いて貰ったり。
というか、ビビるぐらいトリブラ夢のストックがあるのですが…(笑)
ちょっと夢見過ぎですか、やっぱり。