眼前で踊り襲い来る自動化歩兵
オートソルジャー達。
そのどれもが、どこかしら身体のパーツを一部欠損したり損傷しているのは、
一度と言わず何度も引導をくれてやったはずのものばかりだからだ。
ボンネットごとエンジンを打ち抜かれたリムジンを中心に展開される攻防戦。
銃声や呪法を紡ぐ声に混じって、際立って聞こえてくるのは、
ある意味余裕を感じさせる、けれども場にそぐわないなんとも悠長な男性二人の会話。
「おお、なんかよくわかりませんが、カッコいいです!
こうなったらその調子で、残りの連中もやっつけちゃってください!」
「いいだろう───さあ、これが科学の力だ!」
声の主はAx派遣執行官"クルースニク"ことアベル・ナイトロード神父に、
"教授"
プロフェッサーことドクター・ウィリアム・ウォルター・ワーズワース。
泣きじゃくらんばかりの悲鳴をあげまくる長身の神父に、
今からパーティーにでも行くのかアンタはといった出立ちの中年エセ紳士は、
戦場の喧ましさにも負けず劣らずの騒がしさを発揮している。
しかしふとその声勢が僅かに落ちると共に、動死体
ソンビー達の殺気が徐々に強まった。
肌でひしひしと感じるそれと、所々聞こえてくる単語から推測するに、
どうやら余裕の出所であった"科学の力"の底が尽きてしまったらしい。
「うわ! お、襲ってきますよ……教授!
なんか他に偉大な科学の力はないんですか!?」
「───ああ、大宇宙の驚異の前では、人類の科学は無力だよねぇ」
「さっきと言ってること違うぅぅぅ!」
薄い笑みを口元に敷いて、何処か遠い目で宙を見つめる教授に対し、
眼鏡の神父があげたそんな非難というか丸っきりの悲鳴を合図に、
一斉に跳躍した自動化歩兵達は、獲物目掛けてあらゆる方向からその武器を鈍く光らせる。
と、その鈍い輝きが弧を描いたかと思った刹那。
「『我が名は"大気"───沈め』」
涼やかな、それでいて深く厳かな音色が紡がれた同時に、
動死体達は勢い良く垂直に落下し、地面を陥没させてめり込む。
それはまるで大地に吸い付けられるかのようで。
重力に圧し潰されていく動死体達は、僅かながらの抗いも空しく、
めきりめきりと不快な音を立ててひしゃげていった。
脊椎に頚椎に頭蓋、ついで心臓を粉砕をされたらしい動死体達はぴくりとも動くかなくなる。
「アベルも教授も…、
笑ってくれる観客もいないのに不毛な漫才はそれくらいにしておいて下さい」
世界で最も美しい枢機卿、カテリーナ専属のボディーガード兼Ax臨時派遣執行官。
ただし、その姿は今回の作戦
ミッション上の都合で、普段の神父のそれではなく、
白に蒼のラインが映える、正規の尼僧の僧服
カソックに身を包んでいる。
そして、その表情も声色も普段よりもずっと固い。
状況が状況なのだ。
「さん! って───うわ、またッ!!」
「! しぶといわね…ッ」
「や、やば……トレス君! そっちに敵が───」
先程の『真言』の射程範囲内から逃れた黒い影が、
先程のそれらよりも高い位置に浮かび上がる。
影の群れは、驚くべき跳躍力でもって軽々と2人の頭上を越え、風を捲いて突撃した。
その軌道の先にあるのは、護るべき教皇と上司を乗せたリムジン。
「了解している」
「『其が名は"烈風"───切り裂け、そして破壊しろ!』」
トレスの両手のジェリコM13"ディエス・イレ"
怒りの日が火を噴く。
により紡がれた特別な音、"言霊"が同じ空気に響き渡る。
同時に起こった二つの空気の振動に、何体かの生ける屍が朱色の霧をまき散らし四散した。
が、しかし、そんな猛攻に耐え抜いた残り一体が、一瞬その速度を緩めるも、
次の瞬間には何の痛痒も感じぬかのように歪んだ身体のパーツを引きずって、
更に速度を上げた。
その残像を追ってトレスの戦闘拳銃がレーダーじみた動作で追尾する。
が。
「トレス君、後ろにもです!」
突如姿を現した、もう一体。
アベルの警告とほぼ同時に、トレスは右手だけを背後に回して生死人の頭部を吹き飛ばす。
しかしそれは結局、任務自体にとっては隙となり。
「トレス!!」
の悲鳴じみた呼び声と同時に、先程の歪んだ動死体の戦鎚がトレスの右肩を薙いだ。
引き裂かれたそこから噴出した皮下循環剤が辺り一面を一気に赤く染め上げる。
「まずい!」
教授が絶叫し、シルクハットを放り投げる。
あくまで狙いは車内の二人だとでも言うように身体の向きを変えると、
朱に濡れたトレスを無視してリムジンへと疾走したその歪んだ黒い影。
振り上げられた戦鎚は確実に後部座席を捕獲していた。
中身ごと圧し潰すつもりなのだろうそれは、
腕が引きちぎれんばかりの遠心力を乗せて振り下ろされる。
「『我が名は"風"───疾(はし)れ!』」
シルクハットが教授の手を離れた一瞬、アベルが潰れたリムジンを想像した一瞬、
響いたのは凛と張りつめた音声。
次の一瞬、視界から消えたのは声の主であるの姿。
そしてその次の瞬間、3人の神父の瞳が捉えたのは迫り来る戦鎚の下、
リムジンの前へと突如姿を現し、立ちはだかった彼女の表情。
「『我が名は"盾"───その身を以て…』」
強い意志を剥き出しにした、黒曜石の双瞳。
「───ッ!!」
平板なはずの、揺るがないはずの声が。
自分の名前を叫んでいたような気がした。
しかし。
予想に反して、覚悟に反して。
次にくるだろう衝撃は、暗転した世界は無かった。
代わりにあったのは"見えない"盾に護られている自分とリムジンだった。
───ヴァーツラフ?
そんな回答が脳裏に過った。
───何故彼が此処に?
そんな仄暗い疑問が過った。
それからは、入ってきた情報はみな酷く曖昧で。
手放しに歓声を上げるアベルに、悲し気に微笑むヴァーツラフ。
トレスの元へと駆け寄って行く教授。
そして最後に見た映像は。
"見たような気がした"映像は。
こっちを見て、驚いたように揺れた。
瞬かないガラスの瞳。
君の隣
一旦途切れた世界が、また現実と繋がったのはそれから数時間も後だった。
「───…ん、此処は…」
最初に目に入ったのは、上品で柔らかい萌葱色の天井。
「目が覚めたか、シスター・」
そして最初に耳に入ったのは、聞き慣れたいつも通りの平板な音声だった。
「現在の身体状態についての回答の入力を要請する」
「トレス…? ここは……、私…」
「ここは教皇とミラノ公が使用する宿舎の一室だ。卿は先の戦闘で倒れてここへ運ばれた」
「倒れた…?ああ、そうか…そうね」
倒れたの、私。
そう認識すると一気に霧でも晴れたように覚醒する意識。
それと同時に身体中を巡り出し始める倦怠感。
「卿の任務を考慮した結果、最も適応率が高いと判断しミラノ公の隣の部屋に運び込んだ。
何か問題は?」
「無いわ。ありがとう」
とりあえず笑ってみせたつもりだったが、どうやら失敗したらしい。
疲労が滲み出ているのだろう違和感の拭えない笑顔を見て相手は特に何も言わなかった。
「油断、よね」
「………」
「カテリーナ様の護衛失格だわ、私」
この世で最も敬愛してやまない上司を危険な目に合わせてしまった。
危険どころか死の一歩手前だった。
その信頼に、背いてしまった。
「卿が一人で責任を背負い込む必要は無い。過失はあの場の全員にある」
「そういう問題じゃない」
「………」
「…ごめん。八つ当たりね」
「無用
ネガティブ」
ふと窓辺に目を向けると、もう既に夜の帳はすっかりと降りていた。
「今、カテリーナ様は?」
「ミラノ公は自室に戻って教授
ドクターと今後の方針について話し合っている」
「そう…──って、いいの?」
「何がだ?」
「だって『今後の方針を話し合ってる』って…貴方、こんな所にいていいの?」
これからの作戦がどんなものであれ、確実に中核を成すのは、
戦闘能力から見ても、"クルースニク"ことアベルと"ガンスリンガー"ことトレスだ。
それなのにこんな所にいていいのか、と。
というか、一体いつからここにいるのか、と。
そんな自分の心配を余所に、相変わらずの無表情で。
一瞬、けれどコンマ数秒の逡巡を経て、
目の前の機械化歩兵
マシナリーが提示した回答はこうだった。
「肯定
ポジティブ。
ミラノ公には、卿の目が覚め次第作戦
プラン立案に参加すると伝えてある」
「───!」
それは。
それはつまり。
会議が始まる前からずっと傍にいてくれていたということで。
会議を後回してまで私のことを優先してくれたということで。
「も…どこまで意識してやってるのよ……」
一瞬、けれどコンマ数秒の逡巡を経て、目の前の機械化歩兵が提示した回答に、
一瞬、けれどゆったりと数秒の時間をもって、不謹慎にも自分が表した反応は。
「───ありがとう、トレス」
じわりと熱を持った両頬だった。
何が書きたかったって、アベルと教授にどうしてもツッコミを入れたかったんです(笑)
この時の二人のやりとりを読んで、教授が好きになったのは言うまでもありません。ラブ。
そして、いらんかもしれませんが『真言』ってどんな感じ?というのを。(いらんて)
「現在の身体状態についての回答の入力を要請する」=大丈夫か?
しち面倒くさいトレスですが、好きなものは好きなんだから仕様がない。←自己補完