感情変数


「私、局長、シスター・パウラの異端審問官3名、
 加えてメディチ枢機卿を、これから言う4つの各家族構成員に当て嵌めて下さい」


突拍子も無くそんな事を言い寄越してきたのは、
眼前でもってにこやかに微笑む、細目の異端審問官だった。


「…心理テスト?」
「そのようなものですね」


前触れも無く自分の部屋へとやって来て、勝手知ったる何とやらとお茶の用意を進め、
放っておけば何やらもの凄く寛いでいる相手にももはや慣れたのか、
は出された紅茶のカップを両手で持ったまま、ことり不思議そうに首を傾げた。


「興味ありませんか?」
「無くはないけど、特別あるわけでもない」
「ならものは試しです、やってみましょう。ね?」


が知的好奇心に貪欲であることを逆手にとって、
ここ最近、彼はこうした話題を携えては彼女の元へと足繁く通っていた。
最初こそ「用件ならここでどうぞ」やら「身の危険を感じるから」と。
「パウラにマタイだけは部屋に入れないようにって言われてるし」と、
マタイが扉の敷居を跨ぐことをことごとく拒否していた彼女だったが、
入れて貰えるまで扉の横で何時間でも居座る、というか実際に5時間粘ったマタイに、
結局は諦めたのか、今や「勝手にすれば」といった状態である。

そんなこんなでの部屋への入室権を手に入れたマタイ。
この事を、彼女の保護者的存在であるパウラはまだ知らない。
ならばこの期間を利用して、詰められるだけ距離を詰めてしまおう。
これが今期のマタイの計画、もとい魂胆である。


「でもあたし、家族がどんなものか知らない」
「想像でもいいんですよ。貴女が望むものでいい」
「それじゃ心理テストにならないんじゃ…」
「そんなことはありません」


何を根拠にそう断言するのか。
相変わらず代わり映えのしない笑顔でもって強行しようとするマタイに、
生来大抵のことはどうでも良かったりするは(…まぁいいか)と、
とりあえず初の心理テストなるものを嗜んでみるのであった。


「まずは両親、父親には誰を?」
「空白回答は無しなの?」
「無しですね」
「…じゃあメディチ枢機卿」
「理由は?」
「年齢と性別」
「………そうですか」


予想していたとはいえ、その回答に少しばかり笑顔の引きつるマタイ。
時折だが、メディチ枢機卿がに対し穏やかな対応するのは周知の事実だ。
法衣の偉丈夫を義父とするのは、なかなかにハードルが高い。
それを想像してのことだった。


「では気を取り直して…母親は?」
「パウラ」
「まぁ妥当な線でしょうね」
「というか染色体がXXダブルエックスなのはパウラしかいないし」
「気にしてはいけません」
「……もしかしてこれ、予定調和?」


考えてみるまでもなく、機械的に決定されてしまう『母』の項目。
なにやら罠の臭いがぷんぷんとしてきたが、あくまで予定通りに計画を進ませる気らしい。
何かしら言おうと口を開いた彼女のそれを遮るように、
マタイは穏やかそのもの過ぎて逆に胡散臭さ満載なその笑顔を更に深めて、
爽やかに次の項目へと進んだ。


「次に兄弟姉妹です」
「…無視?」
「まさか。私が貴女にそんなことをするワケないでしょう」
「現にしてる」
「あ、もしかして寂しがってるんですか?」
「…脈絡無い。それに寂しかったらパウラのところに行くし」
「なら次からは是非私の元へ」
「嫌」
「………手厳しいですね」


手厳しいですね、などとは言いながら。
ちょっぴり淡い期待なんてものを抱いたりしないわけでもなかったマタイは、
現在最難関のハードルである死の淑女に対する敗北に、
またの「嫌」なる容赦の無い拒否に、センチ単位で凹む。


「兄弟…ペテロ?」
「私は入らないのですね」
「マタイみたいな兄弟はいらない」
「………。」


更に、数十センチ単位で凹んだ。


「ま、まぁいいでしょう…考えようによってはそういう意味にも捉えられるわけですし」


三親等内の血族とは結婚できないからという理由などですね…!と。
とりあえず今のところは順調に事が運んでるのですからね、なんて。
どうにかほくそ笑み、ポジティブシンキングを無理矢理に全開にして、
最後の仕上げ、本日の目論みを達成すべく彼は持ち前のしぶとさで立ち直った。

そう、今までの項目はあくまで布石でしかない。
彼女に"ある事"を言わせるがための下準備でしかなかったのだ。
そのわりにはずいぶんと浮き沈みが激しかったように思うが、
今の彼にとってはそんなことは遠いお空の彼方である。


「ではこれが最後です」


揺るがない静かな夜色の瞳を見つめる。
心境は悪戯の成否を眺める子供のそれだ。

悟られぬよう、それでも気付いて貰えるよう。





「───夫には誰を?」





この切実なる想いが一滴でも伝わるように。





「…どうして最後の項目が『夫』なの?」
「どうしても何も最後だからですよ」
「項目が複数ある場合は普通、先に全部言っておくものじゃないの?」
「ケースバイケースでしょう」
「選択肢が一つしか残ってないのだがら選ぶ余地は無くない?」
「おや、そういえば」


予想していたとはいえ、当然のように指摘されるこの機械的決定法。
台詞は白々しくも、顔でもっていっそ存分に開き直ってしまえば、
彼女は本当に控えめながらも珍しく呆れたような表情なんてものを見せて。


「そう」
「はい」


利き手を口元に添えて、少しだけ考え込むような仕草を見せる。
そしてきっぱりと言う。


「なら、マタイ」
「───…」


実に潔く、自分が言わせようとしたその言葉を。


「理由、は…?」


嵌めようとして嵌めた側が、嵌められた相手に問い返すなんて、
どうしようもないことは判っている。
判ってる、それが負けを認めると同等であることも。
けれど問わずにはいられない。

そして彼女から返ってきた答えは。





「最後の選択肢だから」





それがたとえ、自分の独り善がりな深読みでも。
この胸を煩わせ想い悩ませるには、反撃には十分な代物だった。



要するに、自分以外に選択肢が無くなれば自分を選んでくれるのか、と。
なら片っ端から自分以外の選択肢など早々に潰してしまいましょう、と。
そういう危険思考でもって淡い希望などを抱いてしまうわけです、マタイは。(笑)