Des Menschen Seele
Gleicht dem Wasser;
Vom Himmel kommt es,
Zum Himmel steigt es.







「ゲルマニクス語…?」


男にしてはらしくもなく、語尾のアクセントが疑問形にも上がったのは、
涼やかに鼓膜を震わせたそれが、本来の響きに加え僅かな訛を帯びていたからだった。


「…貴女はゲルマニクスの出でしたか?」


問えば、ふるりと小さく首を左右に振る愛しい少女。
好物と聞いて、マタイが労して手に入れた貴重も貴重なアルビニオン紅茶を、
特に嬉しそうにでもなく口にする、夜色の瞳が印象的な臨時異端審問官の


「ですが今のはゲルマニクス語の…詩、でしょうに」
「凄く古い詩だけどね」


本当に必要最低限の回答だけを提示して、はまた静かにカップに口をつけた。

『凄く古い詩』。
彼女が口にしたそれは、ゲルマニクスがまだドイツと、そう呼ばれていた頃の詩。
大災厄前に作られた、ドイツを代表する偉大なる詩人のソネット。
特にゲルマニクス語に堪能ではないマタイに何とか聞き取れたのは、
『水』と『人』という二つの単語だけであったが、
まるで唱うかのように言葉を紡いだ彼女の口調から、
それが詩か何かであろうと、そう検討をつけたのだった。


「どなたの作なのですか?」
「教えない」
「…何故?」
「それも教えない」
「……そうですか」


何事につけても淡白な彼女との、そんな自己完結な会話にも慣れたもので、
マタイは小さな溜め息を一つ、懸命にも詮索を打ち切った。


「私はゲルマニクス語には明るくないのですが、何とも耳に心地良い響きの詩ですね」


そして素直な感想を述べる。
すると。


「『水上の魂の歌』」


手短く返ってきたのはそんな言葉の羅列。


「…え?」
「『人の魂は水に似て、天より来たり、天へと昇り』」
「それがこの詩の訳ですか?」
「そう」


こくり、と。
控えめにも首を一つ縦に振るとは、ふっとマタイへとその視線を巡らせた。
重ねられた目線に、真っ直ぐに自分を映す夜色の瞳に、
心の臓がどくりと大きく脈打ったのを感じてマタイは小さく息を呑んだ。
よもやここまで重傷とは。
思わず零れる苦笑。
しかし同時に、何か温かなものがじわりと胸の奥に満ちるのを覚えもして。
これが恋というものなのか。
何と甘い、目眩。
再確認してしまえばもはやたじろぐことも忘れ。
心のままに口を開く。


「素敵な詩ですね」
「うん」
「教えて下さってありがとうございます」


そこにあったのはきちんと瞳を覗かせ、柔らかに細められた双眼。
本人すらも気付いてはいない、穏やかな笑み。

そして。





「マタイが好きそうなソネットだと思ったから」





彼が初めて垣間見た、ささやかな彼女の笑み。





「───…好きですよ、この詩」
「そう。良かった」





詩と笑顔。
それが彼にとって、彼女からの初めての贈り物となった。



↑はゲーテの詩。好き。
ドイツには好きな思想家や詩人が多いもんで、わりとドイツ語には明るかったりします、私。
たまには少しは夢っぽいものを、と。
書いてみればまたトレス夢並みにむず痒い一品に。
マタイは片思いでこそ。(ぇ)