白い破滅


「───動かないで」


無音を切り裂いた銃声に、男の白い腕が動きを止めた。


さん…!」
「ほう、お前か」
「そうよ、悪い?」


桃色の髪を持つ少女のレアリエン。
狂気を全身に纏った白い男。
そして時代錯誤な白衣を緩く着こなし、これもまたレトロな古式銃を構えた女。

一直線上に並んだ三者は、
安堵、享楽、無味、と各々三様の表情を浮かべていた。


「いいや?
 ペシェを護ろうとは…随分と殊勝な心掛けだと思ってな」
「モモはモモ。サクラじゃない。
 それにモモであろうサクラであろうが、アンタが相手なら私はこうするの」
「詭弁だな」
「どうとでも言いなさいよ」


嫌悪を厭わない男の嘲笑に、いつにない女は無味乾燥にも至極淡々と返す。
息を呑んでそれらのやりとりを見守る少女。
世界を支配する沈黙。
遠くで響く、ぐぐもった爆音、悲鳴。

マントを翻らせて、男が動いた。


「くく…っ、それに知ってるだろう?
 そんなもの俺にとっては無意味なんだぜ?」
「さぁそれはどうかしら…───モモ、こっちへ」
「はいっ」


対して女は少女を自分の元へと呼び寄せる。
姿勢も視線も表情もそのどれ一つとしても微動だにせず。
けれどその声色にだけは幾分の穏やかさを帯びさせて。
弾かれたように少女が駆け出す。
小走りにも迂回して男の横をすり抜ける。
しかし。


「ッ! いや…っ!」


警告を無視して、少女へと伸ばされたその腕。


「動くなって言ったでしょ」


炸裂音と共に、不快な音を立てて男の手首から上が容赦無く吹き飛ぶ。


「ひゃは…っ! 無駄だって言ってるだろぉ?」


狂気を剥き出した悦笑と共に、紫光を溢れさせすぐさま元の形を取り戻した生々しい肉。


「そうでもないわよ」


再度、逃げる少女の髪先を掠めるその新しい腕と指先。





「手首の次は、肘」





肘の次は二の腕、二の腕の次は肩、肩の次は付け値、と。 五発の弾丸が、瞬々に五度再生した腕の全てを、
手根骨、肘関節、上腕二頭筋、肩、鎖骨を順々に遡り撃ち砕き、
間髪入れずに各々の付け根から吹き飛ばした。





「…連発射撃ファイニングとは恐れ入る」
「こっちもわりと余裕が無くてね」


無事、腰元へと飛び付く形で走り寄って来た少女を受け止め、
一度ふわりと片腕で抱きしめると背後へと庇う。
手を添え置いた少女の華奢な肩から伝わってくる微かな震え。
それに「大丈夫」と小さく落として女は、少女の桃色の髪を一撫でした。
その間にも視線は前方で嘲笑う男へと固定されたまま。

しかし、それが仇となった。


「───ぐ、ぁ…!?」


迂闊。
その瞬間、女の脳裏を過ったのはそんな単語。

少女の声も無い悲鳴が鼓膜を打つ。
少女を庇ったのとは逆の背後から、脇腹へと触れたのは小さな手。
同時に全身を奔った電気の脈。
一気に白んで飛びかけた視界を、無理矢理にも引き戻す。
倒れざまに視線で辿ったそこにあったのは褐色の肌と琥珀色の瞳。
桃色の髪の少女を生き写したような銀髪の少女。


さんッ!!」
「いい子だ、俺のキルシュヴァッサー」
「モモ、逃げな、さい…っ」
「ダメです…!!」


涙を浮かべながら女の白衣を握り、傍を離れようとはしない少女。
その傍らで無表情に佇む、キルシュヴァッサーと呼ばれた少女。

そうして。





「お前はいつだってそうだ」





最後に視界に映ったのは。
キルシュヴァッサーに担ぎ上げられた、意識を奪われたモモの背中と。





「そうして馬鹿の一つ覚えにも我先にと他人の痛みを抱き寄せようとする…───」





少しだけ寂しげな、アルベドの表情。



今回から5話完結で連載チックに。
一応、ネピリムの歌声の一連の話をアルベドとキルシュヴァッサーを中心に書く予定。
以前感想で『赤だけでなく黒や白も!』との嬉しい一言を頂いたんで…調子乗ってます(笑)