白の切望


「…よしなよ」


足下には何体もの少女の屍。
腕が、足が、首が。
在らぬ方向へと捩じ曲げられたそれら。


「"どれ"をだ?」


そして、ねじ切られて間も無い生々しい男の腕。


「どれも、よ。
 見てるこっちが痛い」


辺りを包む、死臭。
鉄錆びた血の臭い。
腐して饐えたそれ。

染み渡る、発狂じみたアルベドの高笑い。


「くくっ、ふはは…っ!
 『痛い』か…、いいじゃないか。
 痛みは己の存在を知覚するには必要不可欠なものだ」
「自分の存在を知覚するだけなら他にいくらだって方法はあるでしょ」
「何だ、痛みは嫌いか?」
「どちらかとえいば好きじゃないわね」


また千切られた腕が一本、生々しい音を立てて床へと落ちる。
アルベドの口元が愉悦とでもいうべき笑みを浮かべた。
と、次ぐ一瞬には既に再生しきっているその左腕。
それにまた勢い良くナイフを振り下ろし突き立てるとアルベドは、
まるで痛みなど存在しないかのように躊躇いなく切り裂く。
骨に沿って縦に二つ裂けた肘から先は幾滴の血液を滴らせるや否や、
またもや紫色の光を溢れさせ、捻り引き付け合い、一本の腕に戻った。


「アルベド」


嗜めるつもりで、固い声で名を呼ぶ。
すると血雫に汚れた左手がこちらへと伸びてきた。
赤い指先が右頬へと、触れる。
ぬるり、と。
心地良いとは言えない感触を伴って、掠めとるように撫でられた輪郭。


「何だ?」
「…あんたを見てると、痛い」


その生温い感覚を甘受し、自分でも驚く程に静かな声で告げる。


「あんたがそうしてるのを見ると、"ここ"が痛む」


握りしめた胸の中心。


「胸が、痛む」


視線を上げる。
真正面から相手の双眼を見据える。





「───心が、痛い」





そこに在ったのは、何をか躊躇うかのようなアルベドの表情。





「───同情シンパシーか?
 それとも精神感応テレパシーとでも?」


しかしそれも数瞬のこと。
そう皮肉めいた台詞を吐くと、その口元は鋭利な下弦の弧を描いた。


「違う。これは私の痛みであってあんたの痛みじゃない」
「………」
「確かに原因はあんたの自傷行為だけれど、
 痛むのは私の心、そうさせるのは私の感情」


頬を包んだまま留まっているその掌に指先を添える。
赤いぬめりが指先に絡んだ。
対してアルベドは凪いだ海のようにただただ静かな表情をたたえたまま。
見遣れば、間近の紫水晶アメジストの瞳に映る自分も同じような顔をしていた。

一つゆったりと瞬きをして、添えるだけだった指先に力を込め強く男の掌を引き寄せる。


「あんたが今したのと同じようにこの腕を切り落としたとしても、
 同じ痛みは得られないもの。
 それと同じように、あんたの心の痛みだって私には判らない、感じられない」


生温いぬめり越しに伝わる、ぬくみを帯びた体温。
それは生命から滴り落ちた熱。
アルベドが生きている証。

"不死"という、越えられぬ枷。


「他人の痛みは所詮、どこまでいっても他人の痛みでしかない。
 同じように痛むことなんてできない。
 ましてや痛みを分かち合うなんてできるわけもない。
 できると思うのは偽善か自己満足、でなければ自分を欺くための幻想よ」


掴んだその掌に、そっと頬を擦り寄せる。
きっと今の私の右頬はアルベドの血で真っ赤に染め上げられているのだろう。


「だからこの痛みは決してあんたとの共有じゃない」


紅く、朱く。


「この痛みは私だけのもの」


赤い、アルベドの血で。





「だからこんなにも、痛い…───」





アルベドの心が流した血の涙で、真っ赤に染まってる。










「───…どうしてお前が俺の運命でなかったのだろうな」


頬から離れていく、赤く染まった指先。


「なら見せてくれよ…ルベドでなく、この俺に」


足りない距離を埋めるかのように、引き寄せられた腕の中。





「俺だけに、お前の痛みを分けてくれ───」



『心閉ざした少女』のイメージで。
あの曲、ゼノサーガ・エピ1の中で1番好きです。