銀色の涙石


アルベドにより連れ去られたとモモを追って、乗り込んだネピリムの歌声。
精神リンクのリバースにより言葉を失ったモモと合流し、3つの塔を経由して、
ようやく中央塔のエレベーターまで辿り着いた一行の前へと姿を現したのは、
まるで待ち構えていたとばかりの気配をたたえ佇む、幼い少女だった。


「え、こんな所に女の子……の、レアリエン?
 しかもモモちゃんに似てる…?」
「いや、違う。これは…」


腰まで届く銀髪。
褐色の肌。
静かな琥珀色の瞳。

モモに瓜二つのその顔立ち。

ふいに脳裏を掠めた、直感にも近い既視感に戸惑いシオンが眉を潜める。
シオン同様に不可解な感覚に襲われはしたが、モモと共有した時間の差なのだろう、
サイボーグとしての照合・分析も交え、ジギーはその呟きを冷静に否定した。

しかし。


「それは…っ!!」


そうして状況を慎重に分析、整理しようとする二人を余所に、
周囲の薄ら寒い風景を押し退けてJr.の視界に映り込んできたのは、
目前の少女が両腕で抱きしめている、見覚えのある白。
懐古的で時代錯誤な旧時代のそれ。

彼女のトレードークとも言える、白衣。


「───ッ、はどうした!?」


認識してしまえば、堰を切ったように溢れ出すあらゆる感情。
問答無用にも、眼前の少女に向かって勢いよく銃口を突き付ける。
容赦無く褐色の小さな額へと据えられた照準。
背後ではシオンとケイオスの諌める声を上げたが、鼓膜を打っただけだった。


はどうしたって聞いてんだよッ!!」


焦燥、苛立、憤怒。
自分が極度に取り乱していることはJr.自身にも無論理解できていた。
しかしジギーの言う通りに、の生存如何を数値に置き換えることなどできなかった。
できるはずがなかった。
間近に感じる、切り捨てた"自分の暗部"の気配。
間近で感じられない、愛しい気配。
それが何を意味しているのか。
何を示すのか。
彼の思考が辿り着く先は一つだった。


『───私に縛られないでね、Jr.』


それは間近に迫る、喪失の恐れ。


「落ち着け、Jr.!」
「うるせぇ!! 黙ってろ!!」
「……赤い、髪…」


頭に血の昇らせたJr.とは酷く対照的に、
怯える素振りも見せず、眉一つ動かさずにJr.を視界の中心に収めて静かに佇む少女。
淡く冷めたその沈黙に、更に募り、逸り、掻き鳴らされる激情。


「答えろ!!」


しびれを切らした利き手の親指が、撃鉄を引いた。


「Jr.君!」
「…あの人はこの先の最下層へと連れて行かれました」


すると白衣をより深くに抱き込んで少女は、ようやくJr.の問いに答えを示した。


「くそッ!! アルベドの野郎ッ!!!」
「落ち着いて、Jr.君!」
「最下層へはこの先のエレベーターから行けます」
「……え? 貴女…」
「高度のナノプロテクトが掛かっていますが、解除コードなら私の中にも記録されています」
「お前…」


淡々とした、けれどどこか切実な気配を潜めたその声色に、
頭から冷水でも被せられたようにJr.が冷静さを取り戻す。
構えを崩すと共に、敵意の失せた銃口。
すると少女は何かを訴えようと口を開いた。
しかしそれも、言葉が音と成る前に噤んでしまう。
世界を支配する沈黙。
すっと、Jr.が進み出る。
一歩一歩、踏み締めるように少女との距離を縮めた。
少女に逃げる様子は無い。
二人の動向を、シオンとジギーを始めKOS-MOSやケイオスも固唾を呑んで見守った。


「お前は一体何者なんだ…?」
「私は…───私はキルシュ、ヴァッサー」


小さく一歩、Jr.へと歩み寄った少女。
そうしてJr.の肩越しにも窺うようにちらりとモモの方を見ると、
どうしてかびくりと一度振るわせる。
しかし怯え俯けた顔をそれこそ必死の思いで挙げると、
Jr.へと真正面からしっかりと向き合った。

そして先程までの何処か虚ろなそれとは違う瞳で、意を決したように口を開く。





「───お願いです」





張りつめた糸がほどけるような、そんな声。





「あの人を、助けて…っ」





白衣をきつく抱き込んだ少女の言葉尻は、涙で滲んでいた。



この連載、5話完結とか言っておいて6話完結でした。(ギャー!)

というか私、まだエピ2やってないんでアルベドとキルシュがどうなったか知らない
(いや、フランダースの犬よろしく昇天したという話は聞いたんですが…/笑)ので、
矛盾やら不都合があったら、どうぞ目を瞑ってやって下さい。(土下座)