銀光満ちて
夜明け


「…っ」
「あ、待って!」


蒼い外套の男を退けた後。
シオンの制止を振り切って、真っ先にへと駆け寄ったのはキルシュヴァッサーだった。


ッ!!」


続いて弾かれたようにJr.が、そして仲間全員がその小さな背中に続く。


、おい…ッ!」
「馬鹿…何て顔、してるのよ」


イイ男が台無しよ、などと。
返ってきたのは、淡く透いた苦笑。

元より色の白いだったが、今やその肌の色は蒼を滲ませたような白で。
呼吸、血圧、心拍数が低下したその身体は芯から冷えきって、
まるで古代の白い彫刻を思わせるそれは、血液が足りていないのは明白だった。


「少し我慢してくれよ…!」
「───つ…ッ」


Jr.が杭へと手を掛ける。
噛み殺し損ねた苦痛がの口から零れた。
手早くけれど慎重に、頭上、右肩、左大腿、そして右足甲と順に杭を引き抜いていく。
貫通したそれが不快な音を立てて引き抜かれるその都度、じわりと滲み出す赤い滴。
ゆったりと、しかし確実に外へと逃げていくそのぬくもり。
それは命の残り香。
彼女が"まだ"生きているという証。


「クソ…ッ」


これ以上の出血は命に関わりかねない。
震える声でのJr.の舌打ちに、誰もがきつく唇を噛んだ。
すると。


「止血します」


そっと。
血滲みに添えられた小さな手。


「お前…」
「モモもお手伝いします!」


ナノスプレーで止血を始めたキルシュヴァッサーに続き、
Jr.を軽く押しのける形で身を乗り出したモモが大腿部の止血に取りかかる。
白色と桃色の柔らかな光泡が溶けるように傷口へと触れてはふわりと消える。
治療用ナノマシンの細胞回復機能がテロメラーゼを活性化し、欠損した体組織を再生させる。
徐々に塞がっていく貫通痕。
ぬくみを帯びていく白い肌。
少女二人掛かりのナノ治療を固唾を呑んで見守る周囲。
しばしの無言。

そして。


「あり、がと…二人共」


うっすらと震えて、上がった長い睫毛。


「皆も心配掛けて、ごめん、ね…」
「もう、本当に心配したんだから…っ!」
「自覚があるのなら今はそれでいい」
「ありがとう、シオン、ジギー」
さん、本当に良かった…!」
「モモのおかげよ、ありがとね」
「この馬鹿野郎が…!」
「うん。ごめん、Jr.」


涙目で笑って首を振るシオンに、厳しい口調ながらも答えてくれたジギー。
怒っているのか笑ってるのか、はたまた泣きそうになってるのか、
様々な感情を一片に綯い交ぜたような表情を浮かべて、
安堵からかの傍らで、そのままの床へと膝を付き、崩れ落ちたJr.。
そんな周囲の、迎えてくれる反応がやはり嬉しくて無防備にも頬を緩ませれば。


「おかえり、


ケイオスのそんな明け透け笑みが決定打を打った。


「ただいま」


彼らの居る場所こそが自分にとっての『帰る場所』なのだと。
改めて再実感した。


「キル、シュ」
「…はい」


そして。


「白衣、Jr.に渡してくれたのね…ありがとう」
「はい…っ」


つい数十秒前まではしっかりと穴の空いていた掌を酷く緩慢な動きで僅かに持ち上げる。
ナノマシンだけではやはり拭いきれなかった激痛の残り火に、
一瞬神経と筋が引き攣ったが、何とか口元で噛殺し、振り切った。
そうして文字通りにも苦心して持ち上げたその血に汚れた利き手を、
右肩の傷口へと添えられたままであった小さなそれの上へと導き、そっと重ねる。
少女の両掌が応えるようにの手を包み込んだ。
「あったかいね」。
言ってが穏やかに微笑う。
涙目のキルシュヴァッサーもつられて淡く、微笑んだ。


「…ねぇ、キルシュ。
 もう一つだけお願いしていい?」


そうして、「担いで行くか?」とのジギーの提案を、
「とりあえず歩けそうだから」と血液不足に眼前を白ませながらも、
苦笑で遠退けた気丈なは、シオンの肩を借りて、
初動こそ不安定だったがしっかりと二本の足で立ち上がった。
そして心配げに見上げてくるキルシュヴァッサーの頭を一撫ですると、
ある提案をしたのだった。


「あの白衣、やっぱり汚したくないのよね。
 でも今のこの状態じゃ、受け取っても血で汚しちゃうでしょ?」


止血したとはいえ、今の彼女は全身血塗れ状態。
黒を貴重とした服装のため一見して判り辛いが、
おそらくどこをどう触っても触れる物はみな赤く染まるだろう。
実際、右肩を貸したシオンなど既に服の右半身は赤く染まってしまっていた。


「Jr.に持たせておくのも何かと心配だし、ね」
「…どういう意味だよ」
「ふふ、Jr.の想像に任せるわよ」


キルシュヴァッサーから受け取ったの白衣を、
しっかりと小脇に抱えて歩き出していたJr.は、半身を振り返り様に憮然として言い返す。
しかし未だふらつくの血の気の薄い身体を慮ってのことだろう。
それ以上の応酬は無かった。


「そう、それでね。
 そんなワケだから、できればこの白衣をJr.に代わってエルザまで運んで欲しいの」
「───!」


それは。
それはつまり。

の言葉の、その真に意図するところを推し量って少女は琥珀色の瞳を見開いた。
そこにあったのは歓喜と、そして戸惑いの色。
希望と不安の入り交じった透明な光。


「どう、キルシュ?」


そう、それは。
百式のサンプル体としてではなく、
"キルシュ"としての、彼女の初めての"選択"。





「───私と一緒に生きてみない?」





はい、と。
泣き顔で抱き着いてきたキルシュを、よろめきながらもは片腕で優しく抱き止めた。



こうしてキルシュはヒロインの助手になるわけです。
よーし、これでこれから堂々とキルシュ夢が書けるぞー(笑)