漆黒と爽黒


目の前には連邦軍の兵士。
連邦反逆罪で何故かクーカイ・ファウンデーション代表理事と同室に拘束される事となった、
デュランダル専任カウンセラー、もとい私はすっかりと暇を持て余していた。
暇だ。
ものっそい暇だ。
これでクローゼットにジョーでも隠れててくれれば話し相手にするのに。
いや、アレはJr.が居ないと出て来ないか。
そんなどこまでもツッコミの必要なボケをつらつらと催す程に暇だった。


(まぁ万が一にも記憶再生されちゃマズイし、
 エンセフェロンに行くわけにはいかなかったわけだけど…)


暇だ。
隣のガイナン理事の様子を伺う。
腕を組み、足を組み、瞳を閉じてと、
まさに文句無しに格好イイポーズを決めてらっしゃる代表理事。
眠っているのか今後についての思案に耽っているのか。
おそらくというか絶対に後者だ。
構ってーとは声を掛け辛い。
仕方無い。
消去法の結果、部屋唯一の扉の前に立ちはだかる兵士へと小学生よろしく手を挙げてみせた。


「すいませーん」
「…何だ」
「喉乾いたんで何か飲んでもいいですかー?」
「駄目だ」
「あら、どうして?」
「貴君らは現在、反連邦容疑で軍の拘束下にある。連邦法第18編37…」
「18編37章798条、及び第18編105章2153条に基き、
 現場指揮者の判断・指示をもってその自由を制限するものである」
「…そ、そうだ」
「で、星団連邦軍特殊作戦司令部情報局のラピス・ローマン大尉からは、
 クーカイ・ファウンデーション代表理事及びデュランダル専任カウンセラーには、
 『水の一滴も飲ますな』と、そう命令されてるわけ?」
「そ、それは…」
「それは?
 それはつまり連邦としては、
 クーカイ・ファウンデーション代表理事とデュランダル専任カウンセラーを、
 連行拘束した上で起訴裁判訴状朗読攻撃防禦審理を介することもなく、
 即実刑判決とばかりに法の外でもって脱水死させようっていうのね?」
「な…っ」

「はい」
「その辺りにしておけ」
「はーい」


気付けばぱっちりと目を開けて、ぽむと私の頭へとその大きな掌を乗せたガイナン理事。
その温度は「あまりいじめてやるな」と如実に語っていて。
自慢じゃないが、泣くレアリエンの女の子達と黒髪美形上司のお咎めには勝てない。
…何か必要以上に言い得て妙だな。
とにもかくにも、やはり給食年齢児童の口調でもって素直に"お返事"をした。


「いや、あまりにも暇だったもんで。つい」
「き、貴様…!!」
「でも喉が乾いたっていうのは本当なんですけどね。
 そこの安ーい紙コップコーヒーぐらい飲む許可は欲しいのだけど?」
「ならん!」
「連邦軍は狭量だって取り立たされますよー」
「ッ! 黙って大人しくしていないか!!」


鼻で小さく溜め息を吐けば、ガチャリと連邦軍機銃の銃口を突き付けられる。
短気は損気。
そんな言葉がまったりと脳裏を過ったが、
とりあえずは胃の辺りへと飲み込んでおくことにした。


「…最近の軍は成ってないわね。
 軍の質も、14年も立てば腐り落ちるってことかしら…」


小声で呟く。
扉前の兵士は勿論の事、隣に座るガイナン理事の鼓膜にすら触れることのないように。
しかし私の唇の動きが視界の端にでも映り込みでもしたのか、
ガイナン理事はどうした?と、不思議そうに僅かに首を傾げることで問うてきた。
独り言です。
取り繕うように、へらりと笑ってみせた。


「ガイナン理事」
「何だ?」
「やる事無いんで、そこの兵士君に言われた通り『黙って大人しく』寝ます」
「はァ…!?」


若さ故とはいえ、こうも一々煽られたり動じたりしているようではゆくゆくが心配だ。
いや、私が彼の行く末を案じる筋など黴の菌糸程も無いのだが。
思わず素っ頓狂な声を上げた兵士を無視して、のびーっとあくびをする。
すると隣に座っていたガイナン理事が利き手を口元へと添えた。
どうやら微かに吹き出してしまったのを巧妙にも隠したらしい。
長い指の下に隠れたその形の良い唇の端は穏やかに持ち上がっていた。


「固い膝でも良ければ貸すが?」
「え、いいんですか?」
「ああ」
「わぉ、これぞまさに怪我の功名。
 濡れ衣・連邦反逆容疑にガイナン理事の膝枕」
「喜んで貰えて光栄だ」
「ではでは、遠慮無く御借りします。
 何か動きがあったら起こして下さい」
「判った」
「おやすみなさーい」
「ああ、おやすみ」
「………。」





そんなこんなで。
コスモスのエンセフェロンから帰還したシオン達からAAAメモリーデータを受け取り、
無事連邦反逆の容疑が解かれ、速やかに拘束した2人の解放を実行しにやって来たラピスが、
居住区・客室の壁備え付けのソファへ深く腰掛けたガイナンの膝にごろりと頭を乗せ、
あまつさえガイナンの背広を掛け布団にして呑気に寝息を立てるを目にし、
切れ長の目を零れんばかりに丸くしたのはまた別の話。



『泣く子と地頭には勝てない』。
『怪我の功名』。
…この子、自分の都合に合わせて諺を改編するのが結構好きらしいです。

そして、彼女はこうして次々と着々と伝説を作り上げていくのです…(笑)