君が居て私は


「なぁ───しばらくさ、ミズラヒの話はよそうぜ」


小さくだが確実に胸を刺した、細く鈍い痛み。


「ふむ。あのモモという娘への気遣いか」
「何だよ、その目は」
「Jr.の浮気者ー」
「な…っ!?」


いつもの軽口とノリで。
そんな苦い胸の内を取り繕った。


!」
「はいはい。
 さっきは言葉を選び損ねたって、そう反省してるんでしょ?」
「まぁ、な…」


今もJr.の中での、サクラの存在は大きい。
奥深くに根付いてると言ってもいい。
そしてモモはサクラに外見を寄せて作られたレアリエン。
Jr.がモモに対して、何かしらの特別な感情を抱いても何ら不思議は無い。


「誰も狂人の子だなんて言われたかねーだろ」


嫉妬、なのだろうか。
この穿った思考と胸を締め付けるような錯覚は。

正直モモが羨ましいと思った。
同時にそう思った自分をとても醜いものとも感じた。
いやこうして自己弁護まがいの自己分析なんてしてる時点でそれは立派な嫉妬なのだろう。
嫉妬、なのだ。
なるほど、確かに気持ちの良い感情じゃない。
何処か乖離したようにそんなことを思った。


「そんなに気にかかるのなら浜辺ビーチにでも誘ったらどうだ?
 彼女も少しは気分転換になるだろう」
「だから、そういうんじゃねぇって言ってんだろ」
「ならばそういうことにしておこうか。
 、君はどうする?」
「誰が好きこのんで相方の浮気現場になんて行きますか。
 先の白兵戦でのレアリエン達の微調整クリーンアップがまだ済んでないんで、調整室に」
「だからそういうんじゃねぇって言ってんだろ!!」


Jr.の大声に場の空気が破裂する。
予想にもしないそのボリュームと剣呑さに思わず素でぎょっとしてしまった。
それは隣のガイナン理事も同じく、動きを止めてしまう程で。
その強い眼差しは、意図せず私に息を呑ませてしまうほどのもので。
思わず「軽い冗談じゃなーい」なんていう台詞の彼方へと忘却してしまった。


「茶化すなよ」
「………」
「不満があるなら、はっきり言え」


沈黙は肯定にも等しく。
迂闊。
それがたとえどんなものであっても、
ありのままの感情をフルに表へと晒すのは私のポリシーに反するというのに。


「それともお前、そんなに俺のこと信用してねぇのかよ」
「そうじゃないけど…」


違う。
Jr.を信用していないんじゃない。

そんな風にいつになくムキになってまで否定するということは、
やはりJr.自身にも思い当たる部分があるんだろう、とか。
言い聞かせている節があるのではないのかと。
思ってしまった生来の自分の疑り深さに少なからず失望した、ただそれだけのこと。


「だったら、お前も来いよな」
「…まぁ誘われたんなら、行くけど」
「水着、俺が選ぶからな」
「は?」
「俺が選んでやるって言ってんだよ、水着」
「はぁ…」


にやり、と。
タチの悪い笑みを浮かべるJr.。
これはあれだろうか。
男が意中の女に自分好みの服を送るという、古代も現代も変わりなく、
相手を自分の好みで染めたい、固めたいという誇示・顕示欲と、
また脱がす時に愉悦感に浸りたいという支配欲のミックスというアレなんだろうか。
いまいち腑に落ちないままに生返事を返せば、Jr.は「よし」と一人納得してしまった。
駄目だ、思考が上手くまとめられない。
心理学は私の専門分野だというのに。
そんな悶々とした職業思考にうっかり浸りかけて、心地良い低音に引き戻された。


「───俺が居ることを忘れないで貰えるとありがたいんだが?」
「!」
「ああ、悪りィな」


ああ、また。
感情がストレートに外に表れてしまう。
ダメだ。
Jr.が絡むと受け身も何もあったもんじゃない。


「んじゃ、ガイナンの仕事の邪魔になんねぇように場所変えるか。行くぞ、
「え、ちょっと…」
「待て、Jr.」
「ん? ───っと」


振り向き様にも投げ寄越された紙の包みを両手でキャッチ。
手に収まった重みに内包物が何であるかを悟ったのか、受け取るや否や包みを開き始める。
これはアレだ。
ガイナン理事からJr.への、曰くの『特別ボーナス』というヤツだ。


「PMマカロフじゃねぇか! しかも紙箱付きかよ…!」
「先週たまたまザザビーズの"古代武器コレクション"に出ていたのを落札してみた」
「何企んでんだよ…、ガラでもねぇ」
「別に。最近良く働いているようだからボーナスでも…───と思ったんだが。
 余計なお世話だったかな?」
「そ、そんなことねぇけど」
「むやみやたらと撃つなよ?
 俺より年上なんだ、少しは年長者らしく振舞ってくれ」


まるでお父さんと息子の図。
いや、実際には友人同士の会話のはずなんだけど。
そんな微笑ましい構図に、思わず小さく吹き出してしまった。


「───…サイッコぉ!!」


本当に。
Jr.といると、感情のコントロールなんてアホらしくなってしまうから困る。


「言ったそばからこれだもねぇ」
「っんだよ。悪りィかよ」
「別に悪くはないけど。
 そうね、SSP−1の件は黙っておいてあげる」
「………頼む。」


出て行った扉越しに、ガイナン理事の溜め息を吐く姿が目に浮かぶ。

困った年長者ね。
笑ってその頭を撫でれば不服そうな顔を寄越されはしたが、
賑やかなブーイングは返ってこなかった。


「Jr.」
「んー、何だ?」


ガサゴソと幾重もの紙の包みを探り分けて取り出した軍用自動拳銃の、
グリップの星マークを確認すると、砲身にキスを一つ。
後は興奮ぎみに全体をペタペタと両手で感触を確かめては目をきらきらと輝かせて。
一通りそれが済むと、今度はアクセサリに手を付け始める。
まるで新しいおもちゃに夢中な幼子のそれだ。
返ってくる返事はどこか上の空。
私の存在なんか二の次。

だからこそ、それに乗じた。





「───私に縛られないでね」





それはきっと、私の、弱さ。





「は? 何だよ、それ」
「Jr.のことが好きだって、そう言ったの」
「はぁ? マジで意味判んねぇし」
「女心は海よりも深いのよ」


私は、イレギュラーな存在だから。
本来ならこの世界に生じるはずの無かった存在だから。

だから。


「それじゃあ出掛ける時に声かけて。調整室に居るから」
「おう」


閉じた扉の前で呟く。





「───…好きになってくれてありがとね、Jr.」





私にはそれだけでも十分過ぎるぐらいだから。





そう、心に言い聞かせた。



ちょっぴり切ない系を。
でもまぁ結局は、そんな内心の葛藤を抱きつつもやっぱりラブラブなんですが(笑)
一応トリップ夢として書いてたりするんですよー、ってコトで。

というかこのガイナンとJr.のシーン、大好き。