純愛モード


真っ白なシーツ。
無造作に散らばる赤い髪。


「馬鹿、くすぐったいだろ」


見慣れた自室のベットの上。
決して広くはないシングルのそれに、寝転がっているのは占有者たる自分に加えてもう一人。
赤い髪の少年───要するにJr.。
うつ伏せにも片肘を立てて上半身を支える私と、
頭の後ろで手を組んで仰向けに寝転がるJr.とが横に並んで寝そべれば、
それなりに窮屈かと思いきや、幸いなことにJr.が文字通りのお子様サイズなので、
とりあえず狭いということはなかった。
ついでに言えば、互いに服だってきっちり着てるのだからいかがわしいこともない。

『添い寝』。
今の状況を端的且つ的確に表現するとすればそれだろう。


「本当、典型的な猫っ毛よね。
 柔らかい毛質のクセっ毛。寝癖が見物ね」
「…うるせぇ」
「あら、可愛いって誉めてるのに」
「可愛いって誉められて喜ぶ男がいるか!」


白い波の上に散らばったJr.の、その髪先を指でいじっては弄ぶ。
その度に、くすぐったさからかJr.は小さく首を竦めて。
ガキ扱いするなと、乱暴ではない所作でもって私の手を払う。
さもすれば私は私でまたJr.の反応に機嫌を良くして、再び赤い髪にじゃれついて。

猫が二匹じゃれついてる。
まさに、そんな感じ。


「…あのよ」
「うん?」
「お前さ、不満とかないのか?」
「話が急ねぇ…、例えばどんな?」
「俺、こんなナリだろ?
 何つーか、その…恋人らしいこと何もできねぇし」


髪を撫でる私の指先を捕らえるとJr.は、そのままそっと口元へと引き寄せた。
そうしてしんみりと、幾分低めたトーンでそんなことをぽつりと言う。
全く、とんでもない王子様だと思う。
そういう一連の仕草や表情ばかり"実年齢相応"に男らしくて、
しかも本人は無自覚とくるから、惚れた弱みにも私は、
その都度、内心でだが如何にやり過ごしたものかと本気で目眩を覚えるのだ。


「特にエッチなこととか?」
「っ!!」
「Jr.、顔真っ赤」
「〜〜〜ッ!!」


だから茶化す、戯ける。
結局、私が照れ隠しに採用する手段なんてそんなもので。

くすくすと声を立てて笑えば、Jr.はむっつりと口をへの字に曲げた。
そういうところは"外見年齢相応"の可愛いらしさを発揮する。
特にその手の偏った趣向はないが、やっぱりこうした"実年齢不相応"な表情にも弱い。

ぶっちゃけた話、どう転んでも重傷なのだ、この胸は。


「はいはい。…そんなこと気にしてたの?」
「気にするだろ、普通」
「どうかしら。少なくとも私はそれに不満を感じたことはないし、
 そういうことでJr.に負い目なんて感じて欲しくない、とは思うけど」
「…そうか」
「そうよ」


その頬を指先で撫でつつ笑って言えばJr.は。
これまた私がツボだったりする、照れた笑みを浮かべた。


「私がJr.と一緒に居るのはJr.が好きだから。
 確かにそういうことが全くしたくないかといったら嘘になるけど。
 でもそういうことがしたいがためにJr.と一緒に居るわけじゃないから」
「そうだな」
「まぁ、Jr.がしたいってんならしてもいいわよ、私は」
「…は?」
「しかしまぁ、随分と背徳的な気分に浸れそうねぇ」
「あのなぁ…───って、オイ!」


言いながら、覆い被さるようにJr.の上へと身体ごと移動する。
すると「何考えてんだよ!?」とのブーイングが当然のように沸いてきたが、
そこは笑顔で黙殺。
そのまま額に一つ口付けを落とす。
そうして瞼、鼻先、頬、とじわりじわりとキスで距離を詰めると、
追いつめられた分だけ顔の赤みを増していくJr.。
どうやら、相手が(要するに私が)女とあっては手荒な真似に出ることができないらしい。
何が何でもダンディズムを貫こうとするその姿勢にはいっそ拍手を贈りたいが、
だからといって手を休めるつもりも無いので、結果、Jr.はされるがまま。
自分よりも一回りも二回りも細いその首筋に顔を埋めて、薄い皮膚に唇を寄せる。
Jr.がぎゅっと私の腕を服ごと強く握って、身を竦めた。
…何だか本当に"イケナイ"事をしてるような気分になる。
コレって正直どうなのかしら…と、少々複雑な心境になったが、
そこはそれと目を瞑って、小さな耳朶を甘く噛む。
すると、ここまでくればさすがに男の面目に関わるとでもようやく思い至ったったのか、
「いいかげんにしろっての!」と、手荒く髪を引っ張られた。


「まったく…、本当に無自覚な王子様よね」


この辺が頃合いか。
最後に一つ耳朶の下にちゅっと軽く口付けて、顔を挙げた。


「───Jr.には十分恋人らしいことして貰ってるわよ」


そして不意打ちまがいにも、Jr.にだけ見せる笑みでゆったりと笑んで見せた。


「…そう、なのか?」
「そうなの」
「例えばどんな」
「秘密♥」
「っ何だよ! 教えろよ!」
「だから、ひ・み・つ。
 教えたら教えたでどうせ調子乗るだろうし」


今みたいな気遣いがそれだ、とは。
『無自覚な王子様』には教えてやらない。


「それじゃ、おやすみー」
「あ! 待てよコラ!」
「大丈夫、ちゃんと朝は私が責任を持って起こしてあげるから。王子様のキスで」
「俺が姫なのか!?」
「ツッコムところはソコなの?」


幸せだ、なんて。
やはり照れてしまうから私からは言ってやらない。


「まぁいいけど。
 それが不服だったら私よりも早く起きて、Jr.が私を起こせばいいじゃない?
 王子様のキスだろうが何だろうが、Jr.なら起こし方は問わないわよ」
「くそ…っ、目にもの見せてやるからな」
「適度に期待してるわ」
「お前、俺が自分より早く起きることなんて無いってタカを括ってやがるだろ!?」
「そんなことないわよー」
「だったら何だ、その心にも無さそうな語尾は!」


でも、まぁ。


「まったく…本当に手の掛かる王子様だこと」


この胸は、とうの昔に手遅れなんだからしょうがない。





「───それじゃあおやすみのキスをお願いできますか、マイ・プリンス?」





そう。
こんなにも好きなんだから、しょうがない。





「…図々しい姫だな」
「でも選んだのはJr.でしょ?」
「まぁな」





結局、次の朝、先に目を覚ましたのは私だった。



もうベッタベタに甘いのを。
何だろう、暑さで溶け出たのか、私の脳?(笑)