初めての男の子のクラスメイトは、無気力で独りぼっちな人だった。


「《生徒会》の連中には目をつけられない事だ」


転校初日に出会った彼。
屋上で、気怠げにアロマパイプを吹かしていた彼を見て、
いわゆる健全一般な高校生の規格からは多少なりとも外れた存在であるのだろうと、
ぼんやりとそんな分析を加えていた。
自分など規格外れもいいところどころか極地なのだから、口には出さなかったけれど。


「どうせ寝るなら教室でも同じか」


彼はあまり授業に出る人間ではなかった。
むしろサボリ魔と、そう周囲に認識されるその頻度。
明日香に聞けば卒業単位も危ういのではないかという話だった。
不思議な人だと思った。
まだ知り合って1週間だけれど、おそらく彼はこの學園に居ることに苦痛を感じている。
この學園を、日常を、自分自身を疎んでる。
そして日々を常に生徒会、生徒会執行委員に監視されているこの學園、日常、生徒。
彼にとってこの學園はさしずめ監獄や何かと変わらないのではないだろうか。
ならば模範囚を気取ってさっさと出ていけば良いのに。

勿論、苦痛に甘んじても出て行けない理由が他にあるというのなら話は別だけれど。


「あー、だりィ…」


彼は珍しく授業に出れば出たで、机に突っ伏して眠っているか、
でなければぼうっと窓の外を眺めているかのどちらかだった。
教師に注意されてもまるで何処吹く風。
ラベンダーの残り香に埋もれ、現実でも夢の中でもいつも遠くを見つめている。
遠く、果てしなく遠く。
現実にはもう存在しない過去という過ぎ去った時間へと閉じこもっているようだった。

そう。
何処に居ても、彼は独りだった。


「……別に、お前を待ってた訳じゃない」


彼は独りであることを良しとしていた。
そして私も仕事として来ている以上、独りである方が何かと都合が良かった。
一抹の寂しさを覚えつつも、独りであるべきと言い聞かせていた。
当たり障りの無い程度の笑顔で一線という溝を引いて、周囲に接する。
世界ごと周囲を拒絶する彼とは方法こそ違うが、
他人と深く触れ合わないようにと努めているのは同じだった。
だから、なのかもしれない。
独りぼっち同士の自分と彼は、気付けばいつも一緒に居た。
屋上で昼寝をしたり、マミーズに食事をしに行ったり、遺跡を探索しに潜ったり。
そう、気付けばいつも隣に彼が居て。
いつの間かそれが当たり前になって。
何だかんだといって世話好きな彼と共に行動するのが基本となって、
自分にも薄らとラベンダーの残り香が漂うようになった頃にはもう。
自分の中で彼は特別な存在になっていて。
そして自分も彼にとって特別な存在になっていた。


「…物好きだな、お前も」


それはとても幸せなことだと思った。
だからそう彼に告げれば、彼は「恥ずかしい奴」と言って拙く笑った。

その瞳に自分の笑みが映り込むのが、とても嬉しかった。


「お前と居ると時間が経つのを忘れるな」


ただの他人が級友になって。
級友が友人に、友人が親友になって。
その親友が大切な人になって。
僅か2ヶ月の変化。
けれどとても大きな変容。
自分にとっても、彼にとっても。
不思議なことだと思った。
心外ではあったけれど、全く嫌ではなかった。
彼はどうだったのだろう。
私と出会って、私の傍らに在るようになって、私にとって特別な存在となって。
心外だったろうか。
まんざらでもないと、そう思ったろうか。

そのことにようやく考えが巡ったのは、暦が冬へと移り変わった頃だった。


「俺は、どこへも行かないさ。どこへも……な」


自分と彼との距離。
それは伸ばさずとも容易に手を繋げる位置であったり、
断り無く抱き寄せられる空間であったり、相手の心臓の音を直に聞き取れる間隔だったり。
自分と彼の二点を結ぶその長さは、
彼が常に口にするアロマパイプを除いて、周囲の何よりも短かった。


「お前の傍は楽だ、…心地良い」


手を繋いで。
指を絡めて。
抱き締めて。
唇を重ねて。
笑い合って。





「もっと早くお前と出会えていたら、俺は───」





おそらく彼を殺すには最高の距離だったのだ。